電脳経済学v3> aご案内> a70コメント集> ct11 コメント11

C11-1:ニューヨークで環境経済学を学んでいる大学院生です。サーチエンジンで「エントロピー」の用語を調べていて、このサイトに出会いました。ネット上でこのような論文が発表されていることに大変驚きました。このページをさらに生かす意味からエントロピーに関する体系的な説明を今後とも続けて頂くよう願っています。

C11-2:電脳経済学を読ませてもらいました。そこで質問がありますが、エントロピーは変化量なのか状態量なのかどちらでしょうか。クラウジウスは前者を、ボルツマンは後者を指してエントロピーを定義しているように思います。光延さんの説明ではデルタ記号がないので分かりやすいのですが、同時にこの点がひっかかります。

C11-3:私(コメンテーター)はこのたび「エントロピー増大の法則は間違っている」と言うホームページを開設しました。たぶん根本的な間違いを犯していると思いますので、そこを指摘していただければ幸せに存じます。


R11-1:前向きのコメントを頂き恐縮しています。微力ながらご主旨に沿うように努めたいと思っています。さて、エントロピーの用語は電脳経済学のなかでも大切な鍵概念でありますが、率直に申してこのホームページにおける説明は十分とは言えません。その理由はエントロピー概念の説明は専門書に譲り、その理解を前提に代謝モデルを中心とする経済学の記述に焦点を絞るべきと考えたからです。

ところが、エントロピーに関するコメントが予期していたより多いことに少なからず驚いている次第です。これは恐らく環境問題との絡みに由来すると推察されます。事実、環境問題とはエントロピー処理問題に外なりません。このことの詳細は別の機会に譲りますが、ここではとりあえず物理要素の働き(物質循環、エネルギー代謝、情報蓄積、エントロピー処理)の意義を再度強調したいと思います。つまり、エントロピー概念はこの物理要素の働きの文脈のもとで捉えられるべきと考えます。

R11-2:ご質問にお答えしますと、エントロピーは「状態量」です。ご指摘のとおり私はb20熱力学第2法則のページ(1.8)式において微分記号をつけていません。これは意図的に完全微分や状態量(基準状態のとりかたによらず変化の前後における値から定まる物理量。例えば、内部エネルギー、温度、標高など。)や移動量(この用語はどの物理学書にも用いられていませんが、サイクルの経路によって異なる値をとる物理量を指すとします。例えば、熱量、仕事、道順など。)の議論を回避したからです。したがって、本来エントロピーの式はdS=δQ/Tとなるべきであり、熱力学第1法則もδQ+δW=dUとなります。ここに、dの微分記号は状態量を、δの微分記号は移動量を意味します。δの代わりにd’が用いられることもあります。異質の物理量を等号で結べるのかを問うのが完全微分の問題で、結論的には結べることが証明されています。熱力学が想像を絶する展開可能性を秘めている理由はここにあります。

ご指摘の問題点は、エントロピー概念を意欲的に理解し拡張的に解釈するうえで極めて重要な意味をもっています。このことに関して、砂川重信著『熱・統計力学の考え方』岩波書店p21に例えとともに適切な説明が掲載されていますので、ぜひご一読をお勧めいたします。砂川教授によれば状態量は預金残高に、移動量は入金あるいは支払いに相当します。入金や支払いは小切手でも現金でもよく、その形式は預金残高に影響を与えません。蛇足ながらb14熱力学第1法則に述べているように、預金残高は内部エネルギーに入金や支払いは前節の熱量や仕事に相当すると解釈できます。これはまた外部条件の内部化あるいはその逆を意味し、この文脈はさらに経済の外部性つまり環境問題と結びついて行きます。先の物理要素の働きとはこのような筋書きを指しています。

R11-3:メール並びにホームページを拝見いたしました。数学と物理学の分野を対象として根源的な考察を巡らされている点に深く敬意を表します。しかし残念ながら、その多くは私の理解能力を超えるものです。したがって、論点を「乱雑さ」のページで述べられている温度差と乱雑さの関連性に限定してお答えいたします。

熱力学はその形成過程から明らかなように熱機関における効率の限界追求を基本命題として発展してきました。その境界条件を規定する概念装置として高温熱源と低温熱源が設定され温度差は両者の関係から定まります。そして温度の実体が対象系内における作用物質の運動量として表現可能なことが解明され、これが分子運動論から統計力学へ、さらには量子力学へと発展して行きます。こうして分子の位置と運動の組み合わせの関係から「情報」概念 へと関連付けられて行きます。乱雑さは基本的にこの情報のあり方を示すものです。秩序と呼ばれることもありますが、これはご指摘のようにさらに主観的な捉え方になります。

このようにエネルギーとみるか情報とみるかによりエントロピー概念には相当の幅があります。物理学の意義は両者を関連させて説明できる 点にあります。クラウジウスは変化量を、ボルツマンは状態量(ここではむしろ状態の数と呼ぶべきでしょう。)を指してエントロピーを定義しているとするご指摘は、そのとおりだと考えます。エントロピーに限らず、概念や用語はそれが何であれ前後の文脈や書き手の意図をよく汲み取って理解する態度が 求められます。乱雑さには価値観の要因が含まれるので物理用語としては問題があるとのご意見ですが、物理学や数学と言えども価値自由ではありません。理解や関心の程度によって、星の見え方、音の受け取り方、時の感じ方、人それぞれ違います。日常性のなかから真理を汲み取る能力は本人の心がけ次第と思われますがいかがでしょうか。

あまり自信はありませんが、気になるので最後に次の点を付け加えます。高温状態と秩序、低温状態と乱雑さを次のように関連付けることは可能と思われます。プランクの放射法則のもとで、太陽の放射エネルギーが波長の短い紫外線の帯域に狭く集中し、一方地球の輻射エネルギーは波長の長い熱赤外の帯域に広く分布しています。両者のスペクトル特性を比較すると前者には秩序が、後者には乱雑さが認められます。このことはb20熱力学第2法則の図b20-2で示すように熱量が温度とエントロピーの積として表現できる点と符合すると考えられます。同図において高温かつ小エントロピーならば縦長に、低温かつ大エントロピーならば横長になりますが、両者とも面積つまり熱量の値は同じです。面積は同じでもそのパターンが異なると言うこの事実は、熱力学第1法則と熱力学第2法則を同時に表現するとともに情報の本質をも衝いていると思います。論理が飛躍しているかも知れませんが、ご批判を頂いた時点で再考いたします。