電脳経済学v5> f用語集> lvn レヴィナス (v5) (当初作成 2008/12/03:一部追加:2008/12/14:2009/02/04:2010/05/22)

1.梗 概
(1)エマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Levinas: 1906.1.12-1995.12.25)
(2)フランスのユダヤ人哲学者・タルムード学者・リトアニア出身。
(3)第一次世界大戦、ロシヤ革命、ナチスの捕虜収容所生活などの稀有な原体験から「世紀の証人」と称される。
(4)ユダヤ思想を背景にフッサールの現象学とハイデガーの『存在と時間』から出発し、他者への倫理的責任を追及する独自の倫理学思想に基づく哲学を展開した。
(5)<ある>(ilya)を<顔>(visage)に代表させる他者論から倫理学を展開し、その倫理学から存在論を構築した。
(6)上記(4)の「独自の倫理学思想」とは「存在−他者−<顔>−倫理(主体)−存在」の接近経路を指す。伝統的な哲学において存在や自我は自明の贈与とされるがレヴィナスの場合は<顔>がこれに相当する。
(7)上記(5)の「<ある>(ilya)を<顔>(visage)に代表させる他者論」とは「固有の名をもった存在者」を意味する。ここで<顔>は伝統的な哲学が対象とする「抽象化された根源的な主題」と対義的に区別される。
(8)<顔>は唯一無二であり何ものにも代えがたい絶対的他者であり現前の『固有名』である。レヴィナスは<顔>との対面から羞恥を覚え、責任を課され、無限に応えることにより主体性を獲得するという独自の倫理学を構想しこれをさらに哲学へと体系化した。
(9)レヴィナスが取り上げた主題は次に示すように多岐にわたる。<括弧>は重視された頻出主題を、《二重括弧》はその中でも鍵概念をなすと思われる中心的な主題を表す。ここで<自分>は自己、自我、主体、私など《他者》の対義語群を包括する総称。レヴィナスは、他者の反照としてその責任をとる自分を見据える独自の倫理構想を提示した。この逆転的な責任論は倫理哲学と呼ぶよりむしろ宗教的境地の開示といえる。
《愛》、<意味>、方向、<意識>、疼き、<
存在>、<主体>、《所有》、<身体>、<無意識>、否定、了解、<同化>、内部化、殺人、不安、強迫、不眠、疲労、覚醒、《羞恥》、《享受》、孤独、沈黙、<戦争>、<暴力>、逃走、嘔吐、空虚、<全体性>、《無限》、外部性、<苦痛>、道具、《希求(desir)》、資源、価値、《労働》、貨幣、<時間>、《神》、<痕跡>、性愛、愛撫、<世界>、<家政>、商人、女性、老い、消費、触覚、味覚、皮膚、<死>、過去、未来、<現前>、寡婦、孤児、契約、《責任》、《倫理》、ユートピア、メシア主義、《顔貌(顔)》、場所、日常、異常、<歴史>、死者、自由、正義、脱出、対面、<言語>、弱者、人類、生命、生殖、分離、消滅、<自分>、《他者》、<霊感>、絶対性、形而上学など。
(10)前記を極論すれば彼は固有名詞が普通名詞に還元不能とする論理を展開して人間共存を巡る基本原理を組み立てた。この文脈は仏教的な独我論と符合する。つまりレヴィナス思想は倫理哲学よりむしろ宗教哲学に近いといえる。なぜなら、彼の倫理構想に従えば他者に神の痕跡を見出しそれとの関係性から自身の存在理由を同定する。これは無神論的な独我論であり方法論から目的論へと誘われる。かくして全体性の呪縛あるいは既存の価値観から解放され真の自由に道が開ける。
(11)上記(9)の中から幾つかのキーワードを拠り所に次項において筆者なりの解釈を試みる。最終的な狙いは本サイトの主張である究極の多元世界論としての『一人一世界』との結合にある。

2.論点を解釈して整理すれば
(1)先ず伝統的世界観を再確認する:
世界全体を完結した体系として捉えその中に自我を有する個人を位置づける。ここで自律的な認識主体としての自我の存在は自明であり世界は観察や認識の対象として経験される。被造物の中でも神を信じることのできる人間には特別な地位が与えられる。つまり神と人の関係性文脈を承認すれば人間は神に接近する可能性が与えられる。全体性を与件とする全知全能志向が西洋哲学の背景をなす点並びにこれがヘブライズムとヘレニズムに由来し両者が目的論と方法論にそれぞれ対応する点も併せて再確認したい。蛇足ながら「不安」はこの全体性/完全性挫折文脈から発生する。この立場はte哲学3.考察と結論の前半にも示すが、問われるのはその後半である。
(2)起点としての「顔は羞恥を覚えさせる」:
前項のような伝統的世界観の地平に立脚する限りレヴィナスの思考方法は破天荒である。彼は対象とりわけ他者を全体性に搦め捕ろうとする権威的な接近法を嫌悪した。彼によれば全体性の反立は<顔>である。かくして「顔は羞恥を覚えさせる」が起点となる。あるとき顔が公現(Epiphany) して私に「汝、殺すなかれ」と呼びかける。 この顔は無限の責任を課す他者の顔である。この他者は非根源的、非相互的、非対称的な関係なき関係のもとで無限の応答への責任を果たすべき現前として主体に対面する。レヴィナスによれば他者は彼の理解を絶対的に超えていて、その還元不可能性の異質性のままに保持されねばならない。他者性は彼自身の鏡像ではなく彼の努力は他者との出会いの倫理的意義を明確に語ることに向けられる。ここから「人は他者のために生きるように定められている」となり、これは結論的に「汝の敵を愛せよ」となる。ところが、これは昼間の論理であり人間には少なくとも夜の時間もある故に末尾に示すようにこれでは終わらない。
(3)顔を意識する「倫理」から主体性を獲得する
レヴィナスは他者の顔を意識する「倫理」から人間が主体性を獲得する過程を説明する。他者の顔に羞恥を覚え無限に応える、その結果として全体性は破綻する、その綻びから主体としての私が生まれる。完結した全体の一項から抜け出さない限り主体性は確立できない。伝統的な哲学体系の白黒反転的構図が描けるか。レヴィナスは人類を悲しみの谷から救い上げるために慣れ親しんだ現世的価値観からの思い切った決別を迫る。ちなみに顔は顔貌/顔容/顔形とも訳され原義は「見た状態 (appearance)」である。顔は絶対的な他者性が表象化されていて視覚に訴えるので誰もそれを拒否できない。レヴィナスは現前の顔に神の痕跡を見出しその具体的感覚を脳幹の基底部に着床させる。彼の倫理思想が生命系を貫流している点に着目したい。
(4)妥協は許されないのか:
レヴィナスはとにかく難解であり真意を捉えにくいが、そのもとでの蓋然的な結論は次のようになる。レヴィナスの方法をミクロ/個人と呼べば伝統的世界観はマクロ/世界に対応する。ミクロを集計してもマクロに至らないしマクロを分割してもミクロに至らない。両者は論理上一致可能なようで現実には一致不能である。それにも拘らず両者の統合作業が個人並びに社会へ課される。レヴィナス思想は仏教の教え(とりわけ業/縁起/無我/慈悲/放下/超作/全託などの考え方)に共通するように思われる。内なる神か外なる仏か。これは神仏混淆(神仏習合ともいう)を巡る問題提起ではないか。艱難辛苦をいとわずレヴィナスに従えば確かに幸福になれよう。しかし伝統的な価値観との折り合い無しに現実世界は生きていけない。進むべき道は両者の妥協つまり中道にありそうだ。ここまで来ると梵我一如の我を巡るCustomizeとなる。妥協がCustomizeを指せば気が楽になり希望も湧いて来る。
(5) レヴィナス思想をあえて一語で:
レヴィナス思想をあえて一語で表わせば”いたたまれなさ”となろう。これは身の置き所がない感覚を指す。自分自身に”いたたまれなさ”を覚えるのは他者に対する無限の責任が果たせない負い目による。現代人にとってレヴィナスが難渋な理由はこの他者関係を巡る倫理意識の非対称性にある。それは次節第2点に示すに収束する。そしてこの愛は第3点の霊性として自身に結実する。この意味においてレヴィナスは倫理から宗教への道筋を提示している。

3.暫定結論として
レヴィナスは晦渋だからと沈黙するより羞恥の念に堪えて何かを語るべきであろう。本サイトの文脈とも整合する次の3点が本ページの暫定結論となる。
第1点: 「汝、殺すなかれ」
第2点: 「汝の敵を愛せよ」
第3点: 「汝の霊性に目覚めよ」

4.参考資料
4‐1 ウエブサイト
(1) エマニュエル・レヴィナス (Wikipedia); エマニュエル・レヴィナス (Visual Wikipedia) 
(2) レヴィナス村のホームページ
(3) ヘーゲル x レヴィナス対戦リスト
(4) 愚樵空論 レヴィナス、いいかもしれない
(5) 哲学 (用語集)
4‐2 辞典/概説書/入門書
(6) 『岩波哲学・思想事典』 廣松 渉ほか編 岩波書店
(7) 『岩波仏教辞典』第二版  CD-ROM版 中村 元ほか編 岩波書店
(8) 『イラストでわかる やさしい哲学』  坂井 昭宏/宇都宮 輝夫著 成美堂出版
(9) 『てつがくこじんじゅぎょう/哲学個人授業』  鷲田 清一X永江 朗 バジリコ/basilico
(10) 『ヨーロッパ思想入門』  岩田 靖夫著 岩波ジュニア新書 441 岩波書店
(11) 『よく生きる』  岩田 靖夫著 ちくま新書 564 筑摩書房
(12) 『レヴィナス入門』  熊野 純彦著 ちくま新書 200 筑摩書房
4‐3 解説書/参考文献
(13) 『レヴィナス― 移ろいゆくものへの視線 ―』  熊野 純彦著 岩波書店
(14) 『神なき時代の神』 キルケゴールとレヴィナス 岩田 靖夫著 岩波書店
(15) シリーズ・哲学のエッセンス 『レヴィナス』 小泉 義之著 NHK出版
(16) 『レヴィナスを読む』 合田 正人著 NHK BOOKS 866 日本放送出版協会
(17) 現代思想の冒険者たち 第16巻 『レヴィナス――法-外な思想』 港道 隆著 講談社
(18) 『レヴィナス 無起源からの思考』 斎藤 慶典著 講談社
(19) 『物語とレヴィナスの「顔」』 ―「顔」からの倫理に向けて―  佐藤 義之著 晃洋書房
(20) 『レヴィナスと実存思想』 実存思想論集XXII 実存思想協会編  理想社
(21) 『存在を超えて−レヴィナス試論−』  橋本 典子著 哲学美学比較研究国際センター
4‐4 原著翻訳/著者対話集
(22) 『全体性と無限』<上><下>  エマニュエル・レヴィナス/熊野 純彦 岩波文庫 青691-1 青691-2
(23) 『固有名』  エマニュエル・レヴィナス/合田 正人 みすず書房
(24) 『実存から実存者へ』  エマニュエル・レヴィナス著 西谷 修訳 筑摩書房
(25) 『倫理と無限』 フィリップ・ネモとの対話  エマニュエル・レヴィナス 原田 佳彦訳 ポストモダン叢書6 朝日出版社
(26) 『レヴィナス序説』  コリン・デイヴィス 内田 樹訳 国文社
(27) 神・死・時間』  エマニュエル・レヴィナス 合田 正人訳 法政大学出版局 シリーズ:叢書・ウニベルシタス 449