電脳経済学v3> aご案内> a70コメント集> ct20 コメント20
(当初掲載:2003年01月19日 )(一部修正:2003年01月28日 )(一部修正:2006年10月06日 )

C20:初めまして。私は今マクロ経済を学んでいる大学生です。質問なのですが、政府が金利を下げるので貯金をしてもお金が貯まらない。国民のためを思うなら政府は金利を上げるべきだ、という声を聞きますがISLMの金利、利子率の組み合わせや公定歩合を考慮すれば政府は金利を本当に下げるべきなのでしょうか?お願いします。


R20: 貴コメントの趣意は「政府が金利を下げるのでお金が貯まらない。だから、国民のためを思うなら政府は金利を上げるべきだ」と言うことでしょうか。せっかくのご質問ですが、 私はマクロ経済や金融政策の専門家ではありません ので、政府が金利をどうすべきか物申す立場にありません。しかし、これではせっかくのご縁を無為にするので次のように考えてみました。
確かに本HPにも伝統的経済学に関して簡潔に触れていますけど、それは電脳経済学との対比を目的とするものです。その結果として不本意ながらも伝統的経済学に対しては批判的にならざるを得ません。 しかしここで肝要な点は、私は伝統的経済学の前提条件や 基本枠組みに対して批判的ですが、伝統的経済学の内容自体やその理論に 関してはブラックボックスとしながらも大筋で受け入れています。

貴コメントに立ち返れば、金利が低いのは資金需要が少ないからです。資金需要が少ないのは先行き不透明感が支配的だからです。つまり、日本経済社会の将来展望が開けないからです。展望が開けないのは、指導的な立場の人たちにそれを提示する才覚がないからです。才覚がないのは自然に対する畏敬の念や人間に対する愛情、さらには歴史認識や国際感覚に欠けるからです。断片的な専門知識や過去の経験では、歴史の転換点とされる現下の難局を乗り切ることは出来ません。
ところが、このような指摘は評論家の仕事です。各個人にとって大切な点は人格の陶冶と職業意識の透徹です。このような文脈を踏まえた上で、私たちが直面している課題であるマクロ経済と金利の決定機構について整理してみます。

近代経済学は大きくミクロ経済学とマクロ経済学に区分されます。ここでミクロ経済学は価格理論をマクロ経済学は所得理論を取り扱います。両者は図c30市場経済の仕組みのように統合され経済循環過程を構成します。ところが 図c30 のみで経済循環過程の全貌を表現することは出来ません。経済循環要素の相互関係や政府の役割りが背後に隠れて見えません。これを解明したのが難解かつ厖大な文章で知られるケインズの一般理論にほかなりません。参考文献を頼りにそれを図c35ケインズ理論の基本構造のように可視化しました。なおマクロ経済学は、ケインズによる問題提起と基礎原理が後の経済学者によって体系化されたものです。

価格決定機構

IS-LM分析

図ct20-1 価格決定機構

図ct20-2 IS-LM分析

次に上図を参照願います。図ct20-1価格決定機構はミクロ経済学で言う価格理論を、図ct20-2 IS-LM分析(ページ末尾の[用語説明]を参照)はマクロ経済学で言う所得理論を表現 しています。ちなみにIS-LM分析は近代主流派マクロ経済学を巡る中心的な論点を簡潔に要約しています。ここで特記すべきは両図が相似形(厳密には合同)をなす点です。つまり両者の対応関係からミクロで言う価格がマクロで言う利子率に相当 します。批判を覚悟のうえであえて申しますと、この「価格」と「利子率」こそがアダム・スミス言うところの「見えざる手」の正体のようです。 もっともそれは経済社会の構造や運営が理想的な状態のもとでのことですが。
デフレ・スパイラルとは図ct20-1の交点(C点)が徐々に原点(S'の方向)に接近し、それに連動して図ct20-2の交点(E点)も徐々に原点に移行する現象を指します。つまりミクロの需要減退が マクロの利子率 i を下げる。時間遅れを伴いながら両者の中間部を構成する産出量、雇用水準、国民所得などのパラメータ値も当然下がります。近代経済学の理論に従えばこのような説明になります。

それでは、なぜ需要が減退するのでしょうか。それは前記の先行き不透明感に加えて、家の中がガラクタで一杯になっているからです。例えばプラズマTVを買わなくても古いTVでも結構使えます。家屋、車、家具、衣類などに関しても 同様に飽和状態です。物価が下落気味で先行きが不安なら誰でも家計支出は控えます。加えて失業の可能性や家のローンや教育費のことを考えればなおさらです。さらに粗大ゴミや家電製品の処理費用や手続き手間がこれに輪をかけます。 土地の下落はこれらが集約された帰結であります。 日本人は定住農耕民族で土地に対する執着が強く、土地が下落すると経済運営はパニックになります。土地資本主義と言われる所以です。

話が暗くなってきましたので明るくしましょう。経済循環過程を現行の図c30市場経済の仕組みから図d10 代謝モデルに変えれば、上記の諸問題はすべて払拭出来ます。ただ代謝モデルは地球経済を対象としていますので国家経済に適用するにはこれを 国家レベルに分割・変換する必要があります。
ところで、そもそもマクロ経済とは国家経済を指すのでしょうか?一国経済主権の方式はすでに行き詰まっています。国際会議が日常的になり一国では何も決定出来ない状況がそれを物語っています。各国が一つの地球経済を分担する思考法に変えるべき時がすでに来ています。 この国の為政者はメガコンペテイションとかボーダーレス経済の意味をまだ理解していないようです。
その代表的な事例として地球環境問題を挙げることが出来ます。これは負財の経済外部性に由来する経済問題ですが、地球経済には外部はありません。これを政治外交の問題とする限り解決は不可能です。ちなみに排出権取引きの考え方は代謝モデルでは物質循環を巡る廃物市場として経済過程に 組み込まれています 。 なお、代謝モデルでは投資市場における資金需給も通常の商品と同じ取り扱いになります。このことは金融商品としてすでに行われています。
この文脈から図ct20-2図c32価格決定機構のなかに解消されます。 金利が商品価格に組み込まれているとは支払い条件により商品を選べることを意味し、バーゲンやアウトレットもこの事例に相当します。金利は時間というよりむしろ速度のパラメータです。ご指摘の低金利 やデフレは、経済停滞の要因よりもむしろスピードに乗れない要因によると感じられます。日本社会の意識構造のもとでは規制緩和と社会福利を両立させるのは至難の業で あります。


[用語説明]
IS-LM分析:IS
曲線は、生産物市場における需給均衡を投資Iと貯蓄Sの均等で捉え、それを保証するような利子率と国民所得の組み合わせを考えたものである。LM曲線は、貨幣市場における貨幣需要Lと貨幣供給Mの均等を保証するような利子率と国民所得の組み合わせを示したものである。それゆえ、生産物市場と貨幣市場を同時に均衡させる利子率と国民所得の組み合わせは、IS曲線とLM曲線の交点で示される利子率と国民所得の組み合わせである。IS-LM分析は現代経済学の理論的骨組みとして基本的なものであり、J.R.ヒックスやA.H.ハンセンにより導入された。(下記 [参考文献] (3)p339より引用)

[用語説明の注釈]
図c30市場経済の仕組みを開いて上記の用語説明の文面を熟読すると 次の点が読み取れます。@ IS曲線は反時計まわり黒線(→:財の流れ)に、LM曲線は時計まわり赤線←:貨幣の流れに対応すること。A図c35ケインズ理論の基本構造はマクロな貨幣の流れとして前記の時計まわり赤線←:貨幣の流れの内部構造を示すこと。 B図ct20-2の交点Eは黒線(→:財の流れ)と赤線←:貨幣の流れが均衡する状態における利子率並びに国民所得(図ct20-2では産出量)を指すこと。
「均衡」と呼ばれる経済用語は水理学では「定常」と言います。この用語法によればIS-LM分析「物財と貨幣 の相互定常状態」を表現してます。「開放系」でないと 定常状態そのものが原理的に成立しません。さらに、現実の経済は「差異」があるから「定常」が保てるし、「差異」が急激であれば「非定常」になる。これが電脳経済学の主張であり、このことに関してはコメント13でも触れています。蛇足ながら、経済学のテキストには表やグラフは多用されていますが、その根拠・前提となる図やチャート・ダイヤグラムの使用はきわめて稀です。下記の『サムエルソン経済学』 はその稀なる事例ですが、それにしても少ないと思います。ちなみにサムエルソン教授は物理学の出身です。

[参考文献]
(1) 『サムエルソン経済学上』 P・サムエルソン、W・ノードハウス著 都留 重人訳 pp404-406 岩波書店
(2) 『経済学大辞典V』  pp367-371 東洋経済新報社
(3) 『体系経済学辞典』  pp339-340 高橋 泰蔵 増田 四郎編集 東洋経済新報社
(4) 『ケインズ一般理論入門』 浅野 栄一 pp146-154 有斐閣新書 D1