電脳経済学v5> f用語集> mk 無記 (silence; being neither good nor evil) (当初作成:2009年05月04日)(一部追加3.:2009年05月06日)

1.説明/回答されないこと:
形而上学的な主張/問いに対して釈迦は捨て置いたとされる。そこから説明/回答されないことを「無記」と言う。それは、世界は永遠か否か、世界は有限か否か、霊魂と身体は同一か否か、如来は死後に存在するか否か、の類で総計14項目になる。釈迦は不回答の理由を「無益で、法に適合せず、涅槃に導かないから」と説明している。
ここから転じて倫理的に善とも悪とも「区別されない」第三の「中性」の性質や状態を言う。これは中道/中庸/中立に通じ無立場の立場とも呼ばれる。さらに言えば無差別自然/万物斉同を説く荘子の世界とも重なり合っている。社会通念として宗教は善の実践を通して功徳/利益の体現を目指すと考えられるが、原始仏教では「善と悪とを捨て、目覚めた者」や「善と悪を捨て、生死を超越した者」などが説かれる。仏教では善悪・有無などの二項対立を巡る統一概念を「空」と呼ぶので無記は空思想の説明不能性を告げている。つまりこの文脈は自得による成道を示唆する。
ちなみに善因楽果・悪因苦果の教えは順の対応関係を表し社会常識に沿うが、これに対して原因の善悪に拘らず結果を無記とする異熟の教義もある。同様に順縁・逆縁を問わずその結果を無記とする立場もある。これは原因を巡る十全の理解から導出された結論を意味し、この無記と解釈する考え方歴史過程や行為規範にも敷衍可能である。宗教倫理の存在理由さらには人間存在の意義もここに見出すことができる。なおディルタイの提唱になる了解心理学はこの立場によると考えられるが、ここでは時空我を巡る非対称かつ非線形な意識から無記への収束に着目したい。さもなくば妥協なき前提の究明に徹する外なく、この経路の到達点はビッグバーンに至る。

2.沈黙は金:
古来「沈黙は金、雄弁は銀」とされるが、仏教は基本的な姿勢において言語使用に対して消極的である。無記は真理を説くことの困難性を告げていて、対話や知識を通して真理への到達を目指す西欧哲学に見られる一般的な企図を否定する。この態度は禅の「不立文字」に極まる。
一方、西欧哲学でも沈黙は言語の欠如態を超えて根源相に感応する積極的な意味を与える立場もある。現代の沈黙論はキルケゴールに始まりニーチェやユダヤ系思想家に「沈黙の言葉」として受け継がれている。知の極限としての沈黙の立場はウィトゲンシュタインによって提示されハイデガーも「言わぬという仕方で言うこと」を最終叙法としている。
蛇足ながら無記は数学的には「コーシーの積分定理」により表現されると筆者は理解している。始点と終点が一致すれば閉曲線となり積分値はゼロでこれが無記に相当する。なお人生や歴史一般は開曲線になると思う。(追加: 2011/08/24) この未完結状態の受けとめは人により善とも悪とも無記ともなり、思想の自由を巡る領域となる。(追加: 2014/06/04)

3.現代社会における無記/沈黙の意味:
現代社会は民主主義や市場経済を土台に成立している。この土台が情報で構成される故に現代社会は情報化社会といわれる。それでは、この情報化社会に対して無記/沈黙が適用可能だろうか。結論として設問自体が誤謬推理である。無記/沈黙の適用対象は社会ではなく個人であり人間である。つまりマクロとミクロの関係を整理しないと設問にならない。
このことは1項1節に示す釈迦の不回答の理由に立ち返れば明快である。銘記すべきは「個人の集合体がそのまま社会とはならない」事実だ。無記による問題提起はAでも非Aでもない「直観主義論理」命題の存在にある。それは夢の世界あるいは阿頼耶識と呼ばれる領域と対応しこれはGlobal Database ないしアーカイブ構築に繋がり、その先はクラウド化情報圏となる。
つまりミクロとマクロの統合可能性には一定の条件がある。これはカント倫理学における根本原理である定言命法の別なる表現とも「梵我一如」の基本思想とも言える。さらにつけ加えれば第三領域が関心対象となる意味で前述の空思想脱構築なども直観主義論理や整合的統合と考究の立場を共有する。つまり無記に拠らずして情報自由たり得ない。

4.突然ですが本v6サイトは用語集の補完のみとします:
語るべきか黙すべきか?筆者の見解は単純明快で「本人の判断によるべし」となる。(1)年齢的な制約、(2)家庭的な事情、(3)社会的な立場、(4)所期の目的達成、(5)「沈黙」の御託宣など、諸般の状況を総合判断して本サイトは用語集の補完およびメインテナンスのみとします。永年にわたり読者各位から寄せられた御支援に対して深甚なる謝意を表します。

5.追 記:
因みに「mk無記」の位置づけは下記による。(2012/03/17)
slp独我論csm宇宙cho蝶夢mk無記spt時空

6.参考資料:
(1) 無記:原始仏教の教理 インド思想史略説
(2) 『岩波哲学・思想事典』  廣松 渉ほか編 岩波書店
(3) 『岩波仏教辞典』第二版  CD-ROM版 中村 元ほか編 岩波書店