電脳経済学v3>b自然系> b10 なぜ熱力学なのか
(当初作成:2004年11月18日)(一部修正: 2005年03月24日: 2006年04月11日: 2008年06月16日: 2009年08月21日)


太陽エネルギーの流れ

図b10 太陽エネルギーの流れ


b10-1 火の管理は人類の始まり
「火のka9管理」は直立歩行や言語・道具の使用と並んで人類の始まりそのものであります。このことは生物進化の過程からあるいは人類を動物一般から区別する場合にもいえます。このように火と人間生活はもともと深い関係にあります。しかし18世紀に蒸気機関が発明されるまでは火の使用目的は温度調節や食品加工に限られていました。この蒸気機関の発明に象徴される動力の獲得は人類史において特筆すべき出来事であります。
つまり蒸気機関の発明は産業革命の進展をうながしその結果として産業社会における生産力や人々の活動領域を飛躍的に拡大しました。経済学はこれに方法論的枠組みを提供すべく時代の要請に応えて確立されました。熱力学もまた蒸気機関の効率追求を契機としてこの時期に成立しました。ここで注目すべきは手の延長としての動力の獲得であります。人力の外部化は「内なる情報を用いて外なるエネルギーを制御する」ともいえます。この観点から電脳経済学では「労働」の本質を「人間意識の外部化」として捉えています。図b10は太陽エネルギーの流れを巡るエネルギー代謝/地球熱機関の考え方を図示しています。(Kは絶対温度でセ氏温度 ℃+273.15)

b10-2 熱力学が要請される理由
熱力学が要請される理由は現象世界の説明容易性にあり
ます。ところで物理学や力学でなくなぜ熱力学が要請されるのでしょうか。それは熱力学には第1法則に加えて第2法則があるからです。熱力学第2法則の意味深長性は強調し過ぎることはありません。なぜなら熱力学第2法則によって現象世界を巡る首尾一貫した説明可能性が担保されるからです。その論拠は熱力学のまとめに示す通りで平たく述べれば次のようになります。
第1法則はエネルギー保存の法則(あるいは保存則)とも呼ばれ、物質エネルギーに対して広く適用される世界成立の根本法則であります。保存則は「そのままであろうとする」事物の持つ一般的な性質を指し、これは自己同一性の存立根拠であります。保守性や慣性と理解してよいし
連続式、収支計算、投入産出分析(input-output analysis:産業連関分析ともいう)、貸借対照表などもこれの異なる表現であります。永生願望もまた保存則の帰結ですが、それが叶わないのは次の増大則の方が優越するからです。
一方、第2法則は「不可逆性」を定式化したもので熱力学を援用しない限り記述できない極めて特殊な概念です。第2法則の不等号表現はエントロピー増大の法則(あるいは増大則)と呼ばれます。これは「自ずから変わろうとする」自然界の一般的な性質を指します。慣性に対抗する摩擦や熱の発生はその身近な例といえます。「そのままであろうとする」法則と「自ずから変わろうとする」法則が矛盾なく同時に成立する。熱力学の法則こそがこれに論拠を与えます。
なお力学にも第2法則に相当する運動方程式はありますがマクロな熱現象は説明できません。つまり熱力学と力学の顕著な差異は不可逆性定式化の可否にあります。力学では摩擦や抵抗を無視すればという問題設定がされますが、熱力学はこれも考察の対象とします。日常用語ではムダやロスがこれに相当しますが、ムダを是認すれば合理化は成立しない道理になります。この意味から第2法則は「実現可能限界」の定式化ともいえます。これを敷衍して生老病死を生の方からみれば第1法則の世界が死の方からみれば第2法則の世界が広がります。したがって第1法則と第2法則を併せ備えた熱力学は二項対立的なこの世界を克服できる唯一の科学といえます。

b10-3 問題解決に論拠を提供する熱力学
「そのままであろうとする」性質と「変わろうとする」性質の併存状態こそが現象世界を貫く基本法則であります。「そのままであろうとする」場合には現実を肯定し、一方「変わろうとする」場合にはそれを否定します。肯定は歴史に依拠できますが未来はまだ未定です。熱力学第2法則は「熱は高温熱源から低温熱源へ向けて一方的に流れる」とも表現できますが、この言明に「変わろうとする」根本原因が秘められています。熱力学第2法則は時間の不可逆性に説明原理を与え、ここから歴史生命、進化、価値、意味などを巡る整合的な説明可能性に道筋が開けます。極めて特殊な概念とした理由はここにあります。
科学が特定現象を対象として「いかにあるか」という問題設定のもとに方法論の体系化を目指すのに対して、熱力学だけが「なぜそうなるのか」という問題設定にも応え得る「目的論」を内包しています。つまり熱力学は目的論と方法論の統合可能性を示唆します。かくて哲学における根源的な課題である正義と真理の統一理解が視界に収まると考えます。ここで留意すべきは目的が方法を導くのであって決してその逆ではない点です。現代社会をとりまく様々な不幸は将にこの倒錯によるもので、それは科学万能や貨幣信仰に代表されます。
「歴史の総括」から「多様性の承認」へさらにはその方法論的枠組みとしての「制度の国際化」から「国家の解体」へがこれからの時代を解き明かす鍵概念となります。熱力学は哲学上の難問とされるこれら諸問題への取り組みに論拠を与えると確信しますので、これを機縁に熱力学の真髄を掴んで頂きたいと念じます。

[参考文献]
(1)『熱・統計力学の考え方』 砂川 重信 岩波書店
2) 『存在から発展へ イリヤ・プリゴジン著 小出 昭一郎/安孫子誠也訳 みすず書房