電脳経済学v6>b自然系> b11 熱力学第零法則
(当初作成:2010/11/30 )(一部追加:2020/05/06)


b11 マクスウェルの悪魔
図b11 マクスウェルの悪魔

b11-1 熱力学第零法則
冷暖自知といいます。このような人間の主観的な感覚を離れて万人万物に共通する客観的な物理量としての冷暖の度合いは「温度」と呼ばれます。2つの物体を接触させて一定の時間がたつと両物体の温度は等しくなり、この温度変化がなくなった状態を熱平衡といいます。物体Aが物体Bと熱平衡にあり、物体Bが物体Cと熱平衡にあるならば物体Aは物体Cとも熱平衡状態にあります。この共通な性質を物体の温度と定義します。この経験的事実は「熱力学第零法則」と呼ばれ熱力学の出発点となります。温度計による温度測定はこの法則が根拠となります。
このように熱力学第零法則は熱平衡と温度の関係を表します。つまり熱平衡にないとは熱移動の存在を意味します。熱移動の存在は温度差の存在を温度差の存在は高温物体と低温物体の存在を意味します。高温物体は熱を失い低温物体はその熱を得て一定時間が経過すると両物体は熱平衡状態に至ります。ところが、この「逆は決して起きない」。この現象は熱力学第1法則並びに熱力学第2法則として定式化されています。つまり熱力学第零法則は熱力学第1法則並びに熱力学第2法則を包摂する命題です。
熱力学第1法則はエネルギー保存則の熱力学的な表現であり、熱力学第2法則からエントロピー増大則が導かれます。この熱力学第1法則はエネルギーの総量一定を告げるもので常識の範囲内です。一方、熱力学第2法則あるいはエントロピー増大則は平たくいえば「覆水盆に返らず」の概念を物理的に表現したものです。上記の「逆は決して起きない」現象の身近な事例は「時間」です。若返りや不老不死も絶対に不可能です。
ところが、イギリスの物理学者マクスウェルが「マクスウェルの悪魔」という思考実験を提唱してエントロピー減少が可能としました。さらに驚くべきは中央大学と東京大学の研究チームがこの思考実験を現実化したのです。つまり「情報はエネルギーに変換可能」としたのです。これは驚天動地の歴史的な快挙であります。本ページを急遽追加した理由はここにあります。「図b11マクスウェルの悪魔」左図に示すようにAとBが「温度差のない状態」つまり《熱平衡》状態になる関係が熱力学第零法則を表します。なお悪魔はdemonの訳語で、ときに魔/魔物/デモン/鬼とも呼ばれますけど本ページでは悪魔に統一しています。

b11-2 マクスウェルの悪魔
マクスウェルの悪魔」はJames Clerk Maxwell (1831-1879)によって提起された熱力学に関するパラドックスを指します。図b11に示すように気体分子を入れた容器に仕切りをつくりそこに小さな孔を設けます。図b11では次のように入口/出口を区別しています。上の孔が遅い分子専用のA室入口で下の孔が速い分子専用のB室入口とします。出口はA/B反転の関係になります。ここでマクスウェルは分子の速さを識別して孔を開閉する門番を悪魔に喩えました。蛇足ながら速さの識別にはその前に速さ情報が必要です。時間の経過とともにA室は次第に低温に一方のB室は次第に高温になります。これは熱力学第2法則並びにエントロピー増大則に反立します。事実、マクスウェルの悪魔は彼が熱力学第2法則に疑問を抱いて考え出した仕掛けであり熱力学第零法則も彼によって後に追加されたとされます。
ここで幾つかの疑問が生じます。悪魔のエネルギー源や発生したエントロピー処理、速さの決定根拠や識別方法、低温や高温の限界などについて合理的な説明がありません。しかしこれら疑問はマクスウェルの速度分布則に理解が及べば解消します。マクスウェルは電磁気学を確立した物理学者として知られますが熱力学への貢献とりわけ分子運動論から統計力学への展開を巡る功績もまた特筆に値します。因みにアインシュタインはニュートンよりむしろマクスウェルの支えによるところが大きかったと述べています。
ここで結論に移ればマクスウェルの悪魔はパラドックスではありません。それは次の理由によります。温度はマクロな状態量であり分子の速さはミクロな運動であります。マクロは系の平均値/代表値でありミクロはアボガドロ数(6x10**23/mol)ほどの気体分子を対象とします。分子の位置や速度の分布を確率論的に考えこれが力学系の運動方程式と矛盾しないことが証明されています。つまり分子の位置や速度の情報に基づいて分子集団を克明に選別すれば温度差のない状態から温度差のある状態が実現可能となります。
卑近な例を挙げれば日本人(マクロ)の平均寿命と私(ミクロ)の寿命は無関係ではないけど直接結びつきません。国民所得と私の所得の関係も同様です。マクロを体系的に細分化すれば原理的にミクロを特定できます。寿命や所得についてもマクロとミクロの関係は統計的に推計可能です。つまりマクロとミクロの構造的対応関係は情報の問題でありかつエントロピー問題でもあります。これはシャノンによる情報量の式とボルツマン関係式の対応関係から明らかです。自己組織化、オートポイエーシス、複雑系、生命系、免疫系、意識、格差など秩序化を巡る諸問題はすべてエントロピー増大則に絡んでいます。ここで「エントロピー生成極小の定理」[b11-4(8)p289]が世界成立の指導原理となります。これに対応する情報構造の解明は無秩序から秩序への道筋を示します。環境問題に代表される各種の世界秩序問題はこの文脈からの整序が求められます。

b11-3 情報熱力学
情報学熱力学の重複領域は情報熱力学と呼ばれます。本サイトとの関連において情報熱力学を巡る私見は次の通りです。b24熱力学のまとめに示すように熱力学諸法則はボルツマン関係式を通して情報理論と結びつきます。そうなると情報も熱を持つのではないかとなります。つまり情報から熱を定式化できないかとなり、この考え方は情報熱と呼ばれます。こうして「情報熱機関」構想が導出されます。「マクスウェルの悪魔」によって情報からエネルギーが取り出せることが実証されました。悪魔の装置化など課題は残るとしても実験室における成功は曙光の兆しであり今後の進展が期待されます。
一方、本サイトではむしろ物理哲学の経路を探索しています。それは物質・エネルギー・エントロピー・情報からなるb30物理要素の考え方から出発します。これはさらにe24梵我一如bb情報ビッグバンに続きます。この論点整理は現代te哲学と絡めてf用語集の中で進めています。目指す結論は《@ap人間原理+A宇宙原理B梵我一如(=C》であり、この内実は《@slp独我論 Acms宇宙 Bcho蝶夢 Cmk無記》として大枠を提示しています。端的には”あるがまま”でありdrdデリダの用語法を借りればウィウィとなります。

b11-4 参考資料
(1) 中央大と東大「マクスウェルの悪魔」を実験により実現 2010/11/19 マイコミジャーナル
(2) 情報をエネルギーに変換することに成功!“マックスウェルの悪魔”を実験により世界で初めて実現。2010/11/9
  
中央大学プレスリリース一覧 記者会見 詳細資料
(3) 情報をエネルギーに変換することに成功!2010/11/15 東京大学 大学院 理学系研究科・理学部 プレスリリース 2010-42
(4) Maxwellのデーモンと情報熱力学  沙川 貴大、上田 正仁
(5) 『物理学辞典』(三訂版) 物理学辞典編集委員会編 培風館
(6) 物理の考え方3 『熱・統計力学の考え方』  砂川 重信 岩波書店
(7) 物理学One Point1『エントロピー』 小出 昭一郎 共立出版
(8) 新装版 『マックスウェルの悪魔』 都筑 卓司 講談社 BlueBacks 1384
(9) 『したしむ熱力学』  志村 史夫 朝倉書店
(10) 『現代熱力学』−熱機関から散逸構造へ− I.プリゴジン ・D.コンデプディ 著/妹尾 学 ・岩元 和敏 訳 朝倉書店
(11) YouTube 物理学の根幹を揺るがす思考実験(マクスウェルの悪魔) 予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理追加:2020/05/06)
(12)YouTube 物理で生物を考えるwith情報理論【学術対談】予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」(追加:2020/05/06)